未来の車 | Memo


未来の車の機能

未来の車の機能に期待してもよいのならば、自動回送してくれる車が欲しい。


山から山へとトレイルランニングする時、複数人・複数台で行くのなら、最初に2台でA地点に行って1台をデポして、

もう1台に乗り合わせてB地点で降り、B地点からA地点へとトレイルランニングすればいい。


それが単独走だとどうだ。
A地点からB地点へ走ると、帰りはその真逆のB地点からA地点へ走るしかない。


ただね、どうしても同じ道を往復するのは同じ景色・道だから、つまらない。
そこはどうしても妥協できないポイントなんだ、トレイルランナーにとっては。

 

 

未来の車の機能

 

 

だから未来の車に自動運転機能が発達すれば、指定したB地点に車だけで自走して欲しい。


B地点の指定駐車位置にぴたっと止まるのは難しいのだろうが、大なり小なり難はあっても、

とにかくB地点付近に車が一人で移動して駐車していて欲しいのだ。

 

未来の車には、自動回送ができる機能があるといいな。


運転手なしでA地点からB地点までどうやって走るのか。
B地点では何を目印に、どんな場所に駐車すれば安全なのか。


問題は山積だろうが、きっといつの日か、未来の車は自動回送機能を叶えてくれる。

願えばいつか叶う法則にすがるように、イメージだけの遠い夢に想いを馳せる僕さ。

 

50年後の未来の車

オドメーターが1万マイルを差した。

約5カ月乗っている車だから、年間換算すると38,400キロも運転することになるの僕?

仕事での移動が大半とはいえ、随分アメリカの車社会に付き合うなぁ。


アメリカで50年後の未来の車のことを考えてみたが、ずっと実用的なことしか思い浮かばない

アメリカの田舎町で長距離運転している経験上、何に困っているって


‥效呂旅さ(長距離運転)

天候の不安定さ(突然の大雨、霧や雷、動物の飛び出しもあるね)

ガソリンがたくさん必要(しょっちゅう給油)


となるが、これを50年後の未来の車は解決できるだろうか。


未来の車50年後


‥效呂旅さはスピード出せる車を作るということじゃないし、

 せめて眠気を防いでくれれば良いが、50年後の未来の車の出番じゃないよね。

△療係は頑丈なボデーとフロントガラスの視界確保だが、ちょっと50年後の未来の車というニュアンスと異なる

の給油、これは燃費性向上と燃料タンクの工夫による大型化で実現できるかもしれない。


こうして考えると50年後の未来の車って何?

少なくとも自動運転や事故防止、電気自動車ら未来の技術革新はずっと先、100年後の未来の車に見えてくる。

もっと現実的な50年後の未来の車を。

より疲れず、より長く走り、より安全で、より安く購入できる50年後の未来の車を欲している。

 

未来の自動車のイメージ

あれこれと、未来の自動車のイメージに想像力を働かせる時間は、なんとも楽しいもの。

それも、自動車関連ばかりで連想する未来の自動車だけではなく、

まるで畑違いの、例えば思い切って「赤ちゃんにとっての未来の自動車」を考えてみると、

そこにはいかにも斬新な未来のドライブがあることに気がついた。


おやおや、赤ちゃんにとっての未来の自動車って何かって?

赤ちゃんを背中に乗せたパパがハイハイしている姿、それが赤ちゃんにとっての未来の自動車。

もうちょっと大きくなって、パパに肩車される時が未来の自動車なんだよ


未来の自動車のイメージ


未来の自動車の原点は、自分を乗せた物体が、自動で動くところだからね。

赤ちゃんはきっとびっくりしているよ、自分を乗せたパパがハイハイで動く時。

しかもその未来の自動車は、背中の存在が大好きだから、決して背中の主を傷つけない。

温かくて優しくて、安全配慮抜群で、それでいて楽しませてくれる。


おぉ、これだ! これこそ、未来の自動車というか、自動車が必要なものを満たしているじゃないか!

人がずっといにしえから続けてきた子供のあやし方に、未来の自動車があったなんて。

ちゃんと動くこと、そこに愛があること。

それが未来の自動車の本質だと、気づかせてくれたのは、赤ちゃんとパパの未来の自動車なんだよ。


こんな未来の自動車空想に費やす時間は、有意義なもの。

最新技術に目をとられる未来の自動車談義も悪くないけど、基礎設計をしっかり積むことで、

更に僕たちの未来の自動車は、より安全に、より快適に走れるって、そんな気がしているんだ。

 

アメリカの未来の車

アメリカという合理・過密な車社会で考える「未来の車」とは。

日本にいた時とは、自分の発想が変わってきたのを自覚している。


一人一台、誰でも実用する (他の交通手段がない、車がないと生活できない)

走れればいい (車検はない、事故車も多い)

安全と収入が車種に反映 (普通にスピード出てるから事故った時、小さく弱い車ほど致死率高い)


アメリカの未来の車


異質なものを肌で感じていた。

仮にアメリカの地で「未来の車」とは?と人々に尋ねてみた時、「興味がない」と一蹴されるのではないか。

日本の都市部で空想遊びされる「未来の車」談義の精神は、カケラほどもアメリカに及んでいない気がする。


「一回の給油でもっと距離を走れる車 (燃費というより燃料タンクの大型化)」

「大雨、雪、霧、動物や車との衝突にもっと自分の身を守ってくれる車」

「同品質で単純に価格だけ安くなる車」


アメリカの未来の車


こんなシンプルな願いがアメリカでの「未来の車」なのではないかと推測した今の私。

少なくとも最先端技術を突き詰めた話ではない。


実用的なもの、現実味のある小改善

未来の車社会アメリカで求められているのがそれだとしたら、

輝かしいものを未来の車に投影させていた私のイメージは、灰となって消えて失せても良い。