Memo


コストコ名古屋市守山区

思い浮かべるのは私がアメリカにいた時に通ったコストコのこと。


土日は18時に閉まるし、大事な祝日には終日閉まる。
それがアメリカらしい文化、従業員に家族との時間を持たせるための配慮と思う。


もしも、コストコ名古屋市守山区が土日遅くまでや、お正月も営業したら悲しく感じるだろう。
割り切った休み方が、コストコ名古屋市守山区から広まっていくことを願うよ。

 

 

コストコ名古屋市守山区

 


お客様は神様なんかじゃない。
従業員満足度が高いことで知られるコストコだからこそ、発信できるメッセージ。


シンプルなアメリカンライフ、良いとこ取りをしようじゃないか。
東京・大阪の二大人口密集地ではできないことを、第三の名古屋市から。


コストコ東京、コストコ大阪、そんな名前のコストコは存在しない。
けれど、コストコ名古屋は「名古屋市守山区」というれっきとした名古屋市内にできる。


名古屋市内に?のつく守山区だろうが、オフィシャルには名古屋市なのだから。
言い換えれば、名古屋市から健全な地方になるという証かもしれないね。


コストコ名古屋市守山区の営業時間のことが、まだ出店計画前だというのに気になっている。

 

豊田市コストコ

豊田市コストコの可能性を、ぼんやりと空想してみる。
グーグルマップを立ち上げて、方角と距離を調べると他のコストコはこんな感じ。

 

 

南西 コストコ常滑 50分 50km
西 コストコ羽島 60分 60km
南東 コストコ浜松 80分 90km
西 コストコ守山 30分 30km

 


取り巻く環境っていうか、土地と人口はどうだろう。

 

 

人口が減る地形
人口が急減する地形
西 名古屋市で人口多し
東海道沿いに人口あり

 

 

コストコはすでに西と南の要所を抑えている
東には山と森が広がっていくからビジネスマーケットではない。
北には東美濃が名古屋市圏のベッドタウンとして広がりはある。

 

 

豊田市コストコ

 

 

・・・・。

 

踏み込んできたのはコストコ名古屋守山だろう。
名古屋市からもっと郊外にコストコをオープンさせるのではなく、名古屋市内ギリギリに。
もちろん、名古屋市民のニーズに合う出店を叶えるという意味では上々。

 

だがしかし、豊田市コストコが欲しいワガママからすると、30分30kmの距離はあまりに近い。
それだともう諦めてよ、と言われているも同然と思えてしまう豊田市コストコ。


西三河の100万人商圏に、豊田市コストコが登場して欲しかった。
もっと北なのかな、豊田市ではなくて、位置的には北がバランスが良いのかな。


瀬戸市の猿投山一帯を越えると、土岐市になって、中央道も通っている。
土岐アウトレットが既にあり、イオンモール土岐の出店も決まっているから、コストコ土岐の行方は定かではないけれど。

 

そう考えると、豊田市コストコの前に、どこまでいっても場所は行き詰まっている気もする。
商業施設は飽和状態の東海地方、それでも豊田市コストコが実現するか、見極めはできないな。

 

張飛の妻

数字で見る「張飛の妻」問題のこと。

 

西暦 200 平均寿命 約25歳 13歳は人生の52%
西暦2000 平均寿命 約80歳 13歳は人生の16%

 

なんということだ・・・。
30歳過ぎの張飛が、当時13-14歳だった夏侯氏をさらって妻にしたというロリコン伝説。
現代の感覚からすれば年の差ヘンタイ男だが、婚姻ということであれば、夏侯氏は通常だ。

 

むしろ、平均寿命25歳のところ30歳まで育った張飛は、現代の感覚では60歳ぐらいか。
日本で平均寿命が30歳になるのは安土桃山時代(1550年頃)だ。
30歳にして初老、もちろん肉体は動くのだろうが、若くはない。

 

初老の実力者が、若い盛りの女を妻にする。
割と、普通のことだな。

 

「若目のおじさんが、幼い女の子をモノにする」というおぞましい張飛ロリコン説は、時代背景を踏まえていない。

「初老のおじさんが、若い女を嫁にする」という割合世界のどこにでもある説こそ、冷静な事実だった。

 

 

政略結婚とはいえ、約45歳の劉備は、約15歳の孫尚香と夫婦になっている。
呂布が董卓の元で名を上げ、架空の美女(きっと10代後半のイメージ)・貂蝉とラブに落ちたという設定を考えれば、

張飛ロリコン説は打ち消されても良いでしょう。

 

豪腕・乱暴者・不細工・パワハラのイメージが強い張飛だから、
そこにロリコンというちょっと意外な、あるいは意外でもない要素が加わり、
面白おかしく現代に言いふらされている、というレベルだね。

 

短歌 与謝野晶子

与謝野晶子の短歌が、まるで今のアダルトポルノのようだと、君は思ったことがあるだろう。

歌集みだれ髪にある「乳ぶさおさえ 神秘のとばり そとけりぬ ここなる花の 紅ぞ濃き」。

乳房を押さえながら、性愛というMysteryの扉をそっと開いた与謝野晶子は、

そこにある濃すぎる色に驚き、喜び、身体も心もその性愛に焦がれていく。


そんな場面が容易に想像できる与謝野晶子のこの短歌を読めば、君の気持ちも分かるよ。


与謝野晶子の短歌


情熱の歌人と呼ばれた与謝野晶子、そのまま晶子の短歌は愛情の塊だ。

強烈な個性を成しているのは愛情の深さ、表現の自由さ、執拗なまでの自信。


夫・与謝野鉄幹との恋事に生涯を捧げ、性愛がほとばしった結果である短歌で生計を立て、

12人もの子供を与謝野鉄幹との間に作り、生涯数えきれないぐらい、夫婦で各地を旅する。


与謝野晶子の生活のバランスはどうなっているのだ。

12人もの子供の母ともなれば、生活は子育てに明け暮れて当然なのに、

時代の奇才というべき短歌の極地までたどり着き、文壇での地位を築く。

鉄幹との洋航、止まらない子作り、源氏物語の現代語訳、関東大震災。


晶子ほど芸の道を突き進んだ人は珍しい。

くどいが、12人も子供がいる母として生きながら、

情熱の歌人としての与謝野晶子を忘れなかったことが、

晶子の歌人としてのこだわりと才能を差し示しているように思えて仕方がない。


根っからの芸術人、性愛の中で己の感情表現を突き詰めた人、

それが情熱の歌人・与謝野晶子だって、僕はこの感動を君に伝えたい。


明治の時代に「乳ぶさ」なんて言葉をうら若い女性が短歌として世に出してしまう、

それって現代で言うフルヌードぐらい勇気のあることだって、君が思っていることも最もだ。

だから情熱の歌人という代名詞がつくぐらい、激しい性愛で短歌の境地を拓いたのが与謝野晶子だって。